「選挙運動とインターネット」

 日本では、アメリカに比べてインターネットの普及が5年は遅れていると言われている。それでは、インターネットの政治利用の点ではどうなのだろうか。
 日本でも、インターネット以前に電子メールができたころから、反対運動など、政治的な意見を交換するようなフォーラムはあった。同時に、電子媒体の持つ大きな可能性に注目していた政治家もいた。たとえば、簗瀬進参院議員。彼は、ニフティサーブのフォーラムに「ネットワークデモクラシー研究会」を立ち上げ、当時所属していた新党さきがけのホームページを、文字通り他党に先駆けて開設。タヒチにフランスの水爆実験反対のデモに行ったときには、電話回線を通じてデジタル写真をホームページに送るなど、電子メディア活用の方途をさまざま模索した(詳細については、簗瀬進「ハンドルネームは北京原人」(近代文芸社)参照)。
 各政党が本格的に政党ホームページを立ち上げ、電子メディア選挙の形がまがりなりにも整ったのは、96年の総選挙時であるといえよう。当時の第1党、第2党であった自民党と新進党、さらに他党も相次いでホームページを開設したが、96年当時はインターネット利用の前提となる電子ネットワーク加入者も600万人足らずで、ほとんど「ホームページを開設している」という既成事実を作ったに過ぎず、双方向のやりとりも限られていた。
 インターネット上で、単にホームページを開設するだけでなく、積極的にメディア戦略を展開したのは、98年参院選での民主党だった。民主党は、「YAHOO!」のトップページなどのポータルサイトに、アメリカでもあまり用いられない、当時の橋本首相と菅民主党代表を対比させた「21世紀さアどっち」のバナー広告出稿を行い、民主党ホームページへのアクセスを10倍に激増させた。選挙後に東京都のインターネットユーザーを対象にした調査では、東京都で自民党投票者が19%に対してユーザーでは11%、民主党投票者が24%に対してユーザーでは35%と、インターネットユーザーの間では完全な逆転現象を示している(詳細については、明治学院大学法律科学研究所年報No.15参照)。
 だが、98年当時は、「IT層に対して積極的に働きかけをしている」というイメージと、当時の橋本内閣に対する業績投票の基準となるフレームが提示されただけで、ネットワークメディアの特性を生かした議論の広がりや、政策に対する理解の深まりがあったとは言い難い。日刊の機関紙を持っている公明や共産党も、日々コンテンツを更新していたが、機関紙を購読していない層を意識したアピールを持つには至っておらず、「新聞やビラの内容がウェブ上で読める」範囲を出ていなかった。

 その2年後、2001年6月25日に行われた総選挙では、特に都市部で自民党の退潮・民主党の躍進が目立ち、東京では「疑似政権交代が起きた」とまで言われた。
 都市部の代表である東京で、どういう意識変化が起きているのか、そして、インターネットユーザーの人たちは、その中でどのような役割を果たそうとしているのか、明治学院大学法学部の共同研究として、総選挙直後に東京23区在住のDEメールのユーザー700名を対象に行った調査(回答者は631名)をもとに、都市部のインターネットユーザーの意識をとらえてみたい。
 インターネットユーザー対象にしているだけに、年齢構成では20歳代が36.3%、30歳代が42.2%で、2,30歳代で78.5%を占めており、男女別では男性が65.3%と3分の2近くを占めている。
 この中で、投票に行ったのは66.1%。投票に行った中で、具体的にどの政党や政党候補者に投票したかを見ると、比例代表では民主党が41.5%と圧倒的得票を集め、自由党の16.1%、共産党の13.2%が続き、自民党は11.8%で第4党に「転落」している。小選挙区でも民主党候補が42.9%の票を集め、自民党は15.1%で、圧倒的な差になっている。ふだんの支持政党では、自民党10.6%、民主党8.7%だから、3分の2に及ぶ無党派層の多くの票を民主党が集めたことになる。

 民主党がこれだけの期待票を集めた要因として、野党第一党として批判票を吸収したなど、さまざまなことが言われているが、インターネットへの取り組みという点も注目すべきだろう。
 今回の総選挙にあたって、自民党(もしくは自民党候補)について見聞きした媒体は、テレビ番組が77.7%、ポスターが69.9%と圧倒的に高いが、政党ホームページが18.1%、インターネット政党広告16%、インターネット情報20.8%と、インターネットを通した情報収集も増加しつつある。民主党(もしくは民主党候補)については、テレビ番組やテレビCMなど、マス媒体での接触率は自民党よりも劣るが、政党ホームページで24.7%、インターネット政党広告が28.1%、インターネット情報では24.1%と、インターネットを通した情報収集では自民党を上回っているのが特徴的だ。民主党は、積極的に政党バナー広告を出稿したり、総選挙向けのサイトを立ち上げるなど、インターネット戦略を先の総選挙における一つの.中核に据えていた。
 アメリカ大統領選挙のように、政党自身がインターネット戦略を強化していくことによって、マスメディアに比肩する情報発信の力を持ち得る可能性を、この結果は示していると言えよう。
 政策争点についても、インターネットユーザーの「新しい感性」が感じられる。憲法改正について、時代の変化に合わせ、改正すべきだという意見が82.6%にもなっている。興味深いのは、自民党が改憲論と考えているのが49.6%、民主党が改憲論と考えているのが71.2%で、むしろ民主党の方が改憲に熱心だというイメージを持っている。
 経済成長と環境保護でも、環境保護も配慮すべきだという意見が70.4%。自民党イメージでは環境保護が9.2%、民主党イメージでは環境保護が42.2%。
 政権に対する批判という論点だけではなく、インターネットユーザーが望んでいるような21世紀ビジョンとの整合性も、総選挙では問われたといっていいだろう。

 その後の小泉内閣誕生により、それまで比較的反・非自民的色彩の濃かったインターネットユーザー層にも異変が起こり始める。200万人という驚異的な登録者をもつ小泉内閣のメールマガジン、自民、自由、民主、公明各党のメールマガジン発行など、インターネットは、今後ますます政党と有権者とのインターフェイスを活発化させようとしている。「選挙でGO!」「政界再編を起こす会」など、草の根的な選挙サイトも数多く登場するようになり、インターネットユーザーの政治意識に、少なからぬ影響を与えていると考えられる。2001年7月29日の参議院選挙では、小泉人気はインターネット上にもスライドし、それに対応する新企画を打ち出せないでいた民主は退潮、ネット上でも小泉旋風が吹き荒れた。米国並みとはならなくとも、次の総選挙はインターネットユーザーの“浮動票”をどう取り込むかが一つの勝敗の鍵となろう。また、現在、総務省で検討されている選挙運動のインターネット利用についても、新聞報道によれば、かなりのスピードで解禁の方向で検討されている模様だ。
 政治、選挙にも、従来のマスメディア情報、人間関係を通した口コミ情報に加え、ネットワーク情報という無限の資源が活用されようとしている。政党がインターネットユーザーのニーズに敏感になり、ネットワーク化を果たしていくことができるかどうか、今、その入り口に立っている段階ではないだろうか。
 政党や政治家個人のサイトの活用手法も益々“プロ仕様”が要求されてこよう。